株式会社 南国緑地建設
来年で設立から30周年を迎える株式会社南国緑地建設。造園事業を核とする県内建設業者として、豊富な実績と高い技術力で知られ、業界をけん引する存在だ。しかし近年の公共工事の激減は、県内建設業界全体に大きな影を落としている。同社にとっても例外ではないようだ。30年という節目を前に、苦境に立ち向かう同社の挑戦とは…。
現社長の植田隆雄氏が、南国市岡豊町に植田造園を創設したのは昭和40年。植田氏は、農業のかたわらで庭園樹の栽培と販売を行っていた父、茂実氏の影響で、幼少の頃から樹木への関心が高く、高知市の庭師の元で下働きとして技術を学び、煙草農家の合間に庭の仕事も行っていたという。しかしその後、庭づくりの需要の高まりを感じて造園業に専念。植田造園を創設し、現在の南国緑地建設の礎を築いた。茂実氏の手がけた樹木は、今もはりまや町「得月楼」の玄関に趣を添えている。
その後、植田造園は経済成長も追い風となって仕事に恵まれ、次々と庭園工事を請け負い、昭和51年、有限会社南国緑地建設として法人化。
法人化の発端となったのは、南国市小蓮への高知医科大学の建設だ。「建設されるに当たって、造園・植栽工事が2億くらいはあるだろうという情報が流れていました。小蓮といえば当社の庭先のことです。なんとか仕事がしたい。とはいえ、文部省の仕事。手続きも難しく、建設業連盟さんなんかにもお世話になりまして、会社組織にし、なんとか指名願いを出すことができました。結局、県内5社、愛媛、香川で5社、計10社での入札となり、苦労の甲斐あって、二回目を受注することができたんです。金額は一千五百万。この時の喜びは、忘れることができませんね。やればできるという自信にもなりました」(植田社長)。近くということもあり、大学とは今も良好な関係にあるという。
同社はこの工事を皮切りに、公共工事や公共施設の工事を積極的に受注。県内でも中堅上位の造園業者として知られるようになった。
高度経済成長期、公共工事の増加に伴って造園業者も急増。そして公共工事の激減した現在、少ないパイを奪い合うように競争は激化。造園業者に限らず建設業界全体が、かつてない厳しい時代を迎えている。
そんな中、同社は来年で法人化から30年目を迎える。この節目に当たり植田社長は、専務で孫の誠司氏に社長のバトンを渡す。植田専務は、社長が庭師としてスタートした植田造園の原点に立ち帰り、個人を対象とした事業を強化していく考えだ。
「経済成長の時代から厳しい時代を迎え、現実を受け入れながら変化に対応していかなければなりません。これまでの公共工事中心の事業から目先を変え、民間工事や一般住宅の庭園工事にも積極的に取り組んで行く考えです。また、庭だけでなく、塀や壁といった外構工事についても、これまで培ってきた技術や、庭園づくりの経験を生かしてトータルに提案していきたいと考えています」(専務取締役植田誠司氏)。
同社がこの厳しい時代を生き残っていく上で最も重視しているのが、技術力。同社には、植田社長の庭師としての職人気質が風土として息づいており、規模の大きな工事においても、隅々まで計算され尽くした仕事には定評がある。
また、植田社長の存在そのものも高い技術力の裏付けにもなっている。植田氏は、平成6年に高知県産業技術功労賞を受賞、平成10年には現代の名工にも選ばれている。植田氏の存在もひとつのブランドと言っていいだろう。社長から会長となっても、庭師としてのプライドと職人の腕を後進につないでいく考えだ。
同社では、社員の技術力向上と、資格取得に大きな力を注ぎ、高い技術を持つ技能者・技術者集団を目指している。「ものを創る楽しみ、創ったものが後世まで残る喜び、出来上がったときの満足感は誰にでもあるもの。私はこの仕事を通じて、ここで働く者みんなの心が通い合い、豊かな気風を養い、そして人間的にも経済的にも向上できればいいと考えています。それが結果的に魅力ある会社づくりになっていくのではないでしょうか」(植田社長)。
建設業にとってまさしく真冬の季節。しかし一方で、景観美化、緑化推進、そして環境配慮といった側面から、造園業に光が差そうとしている。さらに言えば、多くの疲れた人々は住まいや職場に癒しを求めてもいる。古来私たちを癒してきたのは、自然であり、緑である。人と自然を共生させる都市景観プロデュース、そして住まいの空間プロデュースなど、私たちに心の豊かさを提供してくれる存在として、今後も注目したい。
株式会社 南国緑地建設
所在地:高知県南国市岡豊町滝本367
TEL 088・866・7759 FAX 088・866・7793
http://www.kochi-f.co.jp/nanryoku/