第15回:温故知新 - 『ふざけた』定額減税論議

 それにしても、と思う。このコラムを書いている横で、ニュース速報『福田首相が辞任を表明』のテロップが。なんという情けない国に成り下がってしまったのだろう。政治が機能していない。

 

 今回のテーマは政府が8月29日に打ち出した総合経済対策の中でも訳のわからない『定額減税』をピックアップしよう。

 

 税制論議は極めて政治的であった。政治が、良きにつけ悪しきにつけ、税制を『翻弄』してきた過去がある。ここ10年の所得税に関する減税措置をみてもその点がよくわかる。『特別減税』、『定額減税』『恒久的な減税』『定率減税』と、めまぐるしく変化している。本来『公平・中立・簡素』であるべき税制だが、現実はそうなっていない。以下に一覧表を作成したのでまずはじっくりとご覧頂きたい。

 

 

 定額減税は平成10年に集中している。当時の橋本内閣は2度にわたる定額減税法案を国会で可決したが、その年の夏の参議院選挙で敗北、退陣した。後を引き継いだ小渕内閣は、『恒久的な減税』を導入。更に減税政策ではないが『地域振興券』なる意味不明なバラマキ政策を同年11月に閣議決定、翌平成11年に実施した。この『地域振興券』は経済活性化に資することなく大方の専門家の予想通り失敗、2度と導入されることがなかったことをご記憶の御仁も多かろう。そして『恒久的』な減税に関する法律も、わずか数年で小泉内閣の手で葬り去られた。(詳細後述)

 このコラムのVer.13でもコメントしたが、我が国は憲法第84条で『あらたに租税を課し、又は現行の租税を変更するには、法律又は法律の定める条件によることを必要とする。』と謳い『租税法律主義』を掲げている。これは単純に言えば『わが国のいかなる税法も、必ず国会で、我々が選んだ国会議員が議決して法律となっている』ということである。国民は今一度、立法府の議員を選挙で選ぶ意味を熟慮すべきであろう。

 

 税制を語る場合、絶対忘れてはならない存在として、政府税制調査会という内閣総理大臣の諮問機関がある。ウィキペディア(Wikipedia)によれば、『税制調査会(ぜいせいちょうさかい)は、日本の内閣府の審議会の一つ。内閣総理大臣の諮問に応じて、租税制度に関する基本的事項を調査審議する(内閣府本府組織令38条、40条。税制調査会令)。税調(ぜいちょう)ともいう。なお、自由民主党内の審議機関の一つである税制調査会(自民党税制調査会、自民税調)と区別するため、政府税制調査会(政府税調)と呼ばれることも多い。』とある。メンバーは有識者で構成されているが、事務方は、財務省(地方税については総務省)の官僚が取り仕切っている。実はこれが曲者である。

 政府税調のスケジュールは基本的に年1回、それまでの議論を踏まえた上で年末頃に、翌年度の税制改正に関する答申を出し、政府の決定を経て法案として国会に提出される。従前は自民党税調の力が絶大で、政府税調の力は決して強くなかったのだが、小泉内閣あたりから様相が一変した。

 冒頭で、『税制論議は極めて政治的であった』と過去形でコメントした理由はここにある。逆説的に聞こえるかも知れないが、『税制に極めて精通したインナーといわれる自民党の大物政治家が表舞台を去った今、税制はほぼ官僚のコントロール下にあり、天下国家を論じるベースを失い、財政規律ばかりを重んじ、経済の活力を見事にそいでしまっている』というのが小生の現状認識である。

 

 ここからは政府税調の議事録や答申等を引用する形で、官僚の老獪さ(政治の矮小化)を検証していこう。(出典:内閣府の税制調査会HP)

 

【平成10年】
当時日本の景気は非常に悪く、財政出動が強く求められていた。


@橋本総理(当時、以下同じ)の退陣後の小渕総理の8月の臨時国会における答弁:
『我が国の将来を見据えたより望ましい制度の構築に向け、抜本的な見直しを展望しつつ、景気に最大配慮して、6兆円を相当程度上回る恒久的な減税を実施する。』


Aこの答弁を引用した宮澤大蔵大臣の第19回税調総会(平成10年10月23日)での発言:
『個人所得税につきましては、最高税率を引き下げること、それから、定率減税を行いたいということ、法人課税につきましては、実効税率を国際水準並みに引き下げること等の減税の大枠が総理大臣から既に示されております。税制調査会におかれましては、この恒久的な減税の具体的内容、あるいはその他の施策税制のあり方などについてご審議をお願いしたいと存じます。』


B同じ総会での大蔵官僚の発言(委員より『恒久的減税』の意味を質問されて):
『「恒久的減税」の意味でございますが、国会答弁の中で、内閣総理大臣から次のような話がございました。これは「恒久的」と「恒久減税」というのはどこがどう違うのかということでございますが……(中略)……云々と、述べられております。従って、今回の減税は単年度、単年度で行うわけではない。7年度、8年度の特別減税は例えば「平成7年分所得税の特別減税のための臨時措置法」「平成8年分所得税の特別減税のための臨時措置法」などの法律を出したわけですね。それで、その年分が過ぎますと、前の税に戻るわけでございます。これに対し、今度の恒久的減税というのは、前の税に戻るためには「そのような税制改正はやめにします」という新たな法律を出さなければならない。そういう意味で、「恒久的減税」ということでございまして、一方において相当程度、景気が着実に回復するまでの間は続けられるであろうというような趣旨の答弁も大蔵大臣からなされたことがございます。

  極めて内容曖昧・意味不明な官僚答弁であるが、最終段落(赤字部分)において、官僚の本性が垣間見られる。大蔵大臣を盾に、総理大臣の公約に箍をはめている。

 

C平成11年度の税制改正に関する答申(平成10年12月16日)より抜粋:
『1 恒久的な減税(1)位置づけと具体化に当たっての基本方針:今回の恒久的な減税は、期限を定めないで6兆円超という大規模な減税を行うものであり、全体として景気に最大限配慮したものと位置づけられます。』


【平成11年】
D平成12年度の税制改正に関する答申(平成11年12月16日)より抜粋:
『景気への配慮については、平成11年度税制改正において、個人所得課税及び法人課税について6兆円を相当程度上回る恒久的な減税を実施し、これが継続していることに留意する必要があります。』


【平成12年】
E平成13年度の税制改正に関する答申(平成12年12月13日)より抜粋:
『景気との関連では、平成11年度税制改正において実施された平年度6兆円を相当程度上回る個人所得課税及び法人課税の恒久的な減税が継続していることに留意することが必要です。』


【平成13年】:小泉内閣が4月26日発足。政府税調の会長が増税論者に交替し、官僚のリベンジが始まった年
F平14年度の税制改正に関する答申(平成13年12月14日)より抜粋:
『景気への配慮から、個人所得課税について定率減税が行われたほか、法人課税について課税ベースが見直されることなく一層の税率の引下げが行われるなど、負担軽減となる措置のみが実施された。現在も、こうした個人所得課税の定率減税などの措置が継続しており、諸控除の簡素化・合理化など、課税ベースの見直しを含む個人・法人の所得課税のあり方の抜本的な見直しが検討課題として残されている。(中略)例えば個人所得課税については、恒久的な減税の継続や各種控除の累次の拡充等の結果、働く人のうち概ね4分の1程度が非納税者となっており、個々の納税者の負担水準も国際的に見て非常に低いものとなっている。』


【平成14年】:官僚のリベンジ成功!『小泉改革』の名の下に個人所得税増税路線に転換。
G政府税調第28回総会(平成14年6月4日)に提出された資料:
『[3] 恒久的な減税? 平成11年度に実施され、現在も継続しているいわゆる「恒久的な減税」は、所得税・個人住民税をあわせて約4.1兆円の規模にのぼる。この「恒久的な減税」、とりわけ定率減税(約3.5兆円)は、景気回復に最大限配慮した負担軽減を主眼とした措置であるので、経済情勢を見極めつつ、廃止していく必要があろう。


H政府税調第28回総会(平成14年6月4日)での委員からの発言など:
委員A『いや。6ページの[3]の「恒久的な減税」、定率減税は経済情勢を見極めつつ廃止していく必要があろうというのは、私、これは反対でございまして、これはまさに恒久的の「的」をとって、恒久減税にすべきであるというふうに考えます。その分は、各種控除の廃止・縮小でその財源は出すというのが私の考えです。』……(中略)……

 

石会長『どうですかねえ。それでうまくいくかなあ。つまり、あれはアドホックにボーンと入れたわけですよ。簡便的に。それをさらに恒久化しちゃうとね。だったら、同じ財源使うのだったら、それで使って、また税率見直すか、控除見直すか、ブラケット見直すほうがまだ筋がいいと思いますけどね。これは僕は筋張る?と思っているものだから、直し方はいろいろあると思うけれども、このまま残せと言われると、少数意見ですね。よろしいですか。』

 

 最後の石会長のコメント、小渕内閣が掲げた『恒久的な減税』が葬り去られた瞬間をモノの見事に描写している。まさに、官僚にとって『大勝利』の瞬間だろう。これ以降、こと個人所得税制に関しては増税路線が定着、具体的には、配偶者特別控除の見直し、老年者控除の廃止、『恒久的な減税』の廃止etc.と突き進み、今日に至っている。正に小泉改革の真骨頂、ヒステリックに構造改革を叫ぶ一方で、官僚主導でしっかりと個人所得税の増税を行ってきたわけである。

 

 小泉総理はよく『私の在任中の消費税引き上げは行わない。それは後の総理の問題だ』と喧伝していたが、その実態はというと、消費税のかわりに個人所得税の大増税が行われていたのである。はたして、どれだけの国民がこの現実をキチンと理解しているのだろう。

 

 政府税調の答申、とりわけ中期答申や論点整理には、表現がやや過激ではあるが、『時限爆弾』や『地雷』が、いくつか、巧妙に仕掛けられている、と個人的に思う。政治家には『1年限りの定額減税』などと、税制を翻弄(いいとこ取りやつまみ食い)するのではなく、国民の目線でもっと真剣な議論を期待したい。

 

つづく

松岡 宣明
松岡宣明税理士事務所 所長
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高知県出身、1961年生まれ。
京都大学経済学部卒業。東京銀行(現三菱東京UFJ銀行)を経て平成9年松岡宣明税理士事務所開業。NPO法人日本ファイナンシャル・プランナーズ協会高知支部・副支部長、高知大学人文学部・非常勤講師。

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