第1回:米国発世界金融危機と高知

 久しぶりにある街を訪れると、ふいに新しい建物が目の前に現れて、違和感を抱くことがある。新しいビルの存在に驚かされるのとと同時に、以前はそこにあったはずの建物が何だったのかをすぐには思い出せなくて、戸惑ってしまうのだ。不動産開発ブームに沸いていた少し前までの東京では、そんな経験をよくした。

 この夏、約1年ぶりに高知市を訪れて感じたのは、それとは正反対の違和感だった。はりまや橋交差点に面した、旧高知西武百貨店跡地。不動産開発会社のオーナーズ・ブレーン(大阪市)が2005年末に西武百貨店などからその土地を取得し、新しい商業ビルの開発を進める計画だった。
 当初の計画通りならば、商業ビルはもう開業していてもいい時期である。多少遅れたとしても、せめて骨格ぐらいは見えていてもおかしくないはず。そんなこちらの予想を裏切るかのように、高知龍馬空港からのバスを降りた私の目に飛び込んできたのは、更地の上に広がる青い空だった。
 「あれ、これはおかしいぞ」。その後数日、高知にいる友人に跡地開発計画のその後を聞いてみたが、要領を得ない。高知新聞が1面のアタマ記事で「高知西武跡の開発断念。資材高、消費低迷響く」と報じたのは、その直後、8月5日のことだ。

 オーナーズ・ブレーンは開発プロジェクト中止の理由として、石油価格高騰による建築資材価格の高騰や、消費の低迷を挙げている。だが同社にとってよりダメージが大きかったのは、米国の信用力の低い個人向け住宅融資(サブプライムローン)問題に端を発した「信用収縮」だったはずだ。
 フランスの銀行最大手、BNPパリバが傘下のファンドを突如凍結し、サブプライム問題が表面化した「パリバ・ショック」(07年8月9日)からちょうど1年。当初は日本の一地方とは全く関係のないように思えたサブプライム問題の影響が、高知にも目に見える形で表れたわけだ。
 それからさらに3カ月近くが過ぎた現在は、米国発のサブプライム問題は、1930年代の大恐慌に匹敵する「世界金融危機」へと発展しつつある。

 なぜ米国の低所得者向けの住宅ローン問題が、地球の裏側の高知での再開発プロジェクトを中止に追い込み、また世界金融危機へとつながったのか。その問いに答えるための1つのカギは、2007年中頃までは、世界的なカネ余りを背景とした米国の住宅価格上昇が、世界経済全体の景気を浮揚させてきたことだ。
 米国の住宅ローンは「証券化」された上で世界の金融新商品の市場を大きく膨らまし、欧州や日本の一部でも住宅・不動産バブルを起こした。
 一方で米国の家計は住宅価格の上昇をテコに消費を伸ばし、それが米国の輸入を押し上げ、さらに米国への輸出に依存している日本や中国など新興国の経済も引き上げた。「いざなぎ景気」越えとされる日本の景気上昇も、元をたどれば米国の住宅価格上昇に原因があったのである。

 ところが米国の住宅バブルがはじけると、この好循環がすべて逆回転し始める。世界中の銀行が銀行間の取引に疑心暗鬼を抱くようになり、信用収縮が起こった。米国では中心的な証券会社が消え、投資銀行がなくなり、1番の保険会社が政府の管理下に入ってしまった。
 株式市場は断続的に下落を続け、世界の主要な証券取引所の合計株式時価総額はピーク時の2007年10月から約1年で、63兆ドルから約31兆ドル(約3000兆円)にまで減った。
 日本でも、10月27日には日経平均株価が2003年4月につけたバブル崩壊後の最安値(7607円88銭)を更新し、7162円90銭まで値を下げた。
 8月に東京地裁に民事再生手続開始を申し立てた東証1部上場の不動産会社、アーバンコーポレイション(広島市)など、資金繰りに窮した不動産会社の倒産も相次いでいる。ちなみにこのアーバンには、四国銀行が14億円弱を融資し、そのうち9億円弱については損失処理せざるを得なくなった。

 どうして高知県地盤の地方銀行が、広島に本社を置く不動産会社にこれだけの額を融資していたのか。少なくともサブプライム危機以前は、高知県内の投資収益率の低い(と銀行が考える)地場の中小企業に融資するより、リスクは小さく、かつ投資収益率が高い会社として見られていたからだろう。
 日本の地銀や地域の信用金庫、信用組合の中にはこうした不動産関連の融資のほかに、合成債務担保証券(CDO)などの証券化商品を購入しているところも少なくない。金融庁によると、地銀、信金、信組の6月末の証券化商品の保有額は約4兆円にもなる。

 それでは今後、高知のような日本の地方に、サブプライム問題に端を発した世界金融危機はどんな影響を及ぼすだろう。
 まず最初に考えられるのが、いくつかの地域金融機関の破たんだ。既に地銀の多くが金融市場の混乱に伴う有価証券の評価損などを計上し、24日現在で上場地銀の9行が2009年3月期の最終損益が赤字になる見通しと発表している。現在の株価低迷や証券化商品の価格下落が続けば、相当数の地域金融機関がさらに苦しくなる。

 次には実体経済の落ち込みだ。旺盛な国内需要で世界経済を引っ張ってきた米国経済が落ち込むことで、日本お得意の自動車や電気などの製造業は確実に落ち込む。ただこうした分野の企業集積があまり進んでいなかった高知では、その影響は相対的に小さいはずだ。
 ただ中長期的に見れば、地に足の着いた産業を持つ地域にとっては、悪いことばかりではないはずだ。
 『資本主義は嫌いですか』(2008年、日本経済新聞社)で現代の資本主義を分析した竹森俊平慶大教授は、サブプライム危機を契機に経済の自動制御装置がバブルの発生に歯止めをかけることに重点を置くようになり、「その結果、バブルの頻発はなくなるが、世界経済の成長率は低下する」と指摘している。

 世界経済の成長率低下はバブル的な消費に依存していた産業にとっては痛手だが、一方で食やエネルギーなど必需・実需に基づく産業を持つ地域は、それほど悲観する必要はない。
 金融機関はサブプライムローンを含んだ証券化商品のように、手っ取り早く利益を上げる道が閉ざされるため、たとえ投資収益率が低くても実需に基づく産業には、より目を向けるようになるだろう。

 高知の強みはなんといっても、農業などの1次産業、それを加工して付加価値をつける1.5時的な産業だ。
 また高知のような1次産業の比率が高いところでは、エネルギー消費を抑える、環境を改善する、あるいは食糧危機に対応できる技術のタネの宝庫である。日本の農業や食品産業は価格面で中国に勝ち目がなかったが、安全面では中国の失策で逆に強い追い風が吹いている。そうした風をいかしつつ、さらにいかに付加価値の高いものをつくっていくか。それが世界金融危機後の低成長経済で、高知が生き残っていく道である。

 真の資本主義は終わらない。

[2008年10月27日著]

 

【著者プロフィール】
1965年、埼玉県出身。1988年に大学卒業後、新聞社に就職。企業関係や地方支局を担当。現在は経済関係部署でデスクを務める。感想などはkitamitakaita@gmail.comまで。
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