
第39回:高知でご当地ラーメンが少ない理由
観光地として歴史や文化にも、食にも、自然にも恵まれた高知県。だが他の地域と比較してみると、目立たないながらも「恵まれていない」ものがある。
思うに、その筆頭は「温泉」だろうか。どうも大都市に住んでいる人の中には「日本の地方にはどこにも温泉がある」と思っている人がいて、こういう人は「高知へ行ったら温泉へ入りたい」などとのたまう。高知に住んでいた当時、知人からこういう要望があって、困ってしまったことがあった。
もちろんボーリング技術が進んだ今の時代、地中を深く掘り進めれば、どこかで温泉に当たる可能性は高い。高知でも最近掘り当てた天然温泉を売りにしている宿泊施設はある。高知市内中心部でいえば、1997年に泉温48度の温泉が湧出した三翠園がそうだろう。
私も赴任前に三翠園に泊まり、その肌に優しいナトリウム塩化物泉と鏡川を臨む景色のよさを堪能した。だが彼ら都会人が求める「温泉」とは少しずれている。
彼らが求めるのは、こうした「新しい温泉」ではなく、四国でいえば松山の道後温泉のような歴史ある温泉。「新しい温泉なら都会にもある」というわけだ。そういった昔から自然に湧き出し続ける大温泉地は、高知県にはない。
個人的には、ある日、物部村(現香美市)の山道を車でさまよっているときに偶然見つけた笹温泉が泉質といい、笹渓谷を臨む眺めといい、知る人がほとんどいない秘湯感といい大好きだったが、残念ながら2009年頃には営業を終えてしまったようだ。
「高知なら、うどんがおいしいでしょうね」といわれて、戸惑ったこともある。2000年代半ば、全国的に讃岐うどんがブームになったころのことだ。「四国といえば讃岐うどん。高知でもうどんがおいしいだろう」という連想なのだろう。
このとき私が力説したのは、高知と香川の地理的な「遠さ」についてだ。両県(両国)を結ぶ土讃本線に1度でも乗った人は、その感覚がわかるだろう。
高松を出発した特急しまんとは最初、讃岐平野を軽やかに走るが、金刀比羅宮に近い琴平駅を過ぎた辺りからディーゼルエンジンがうなり始める。吉野川沿いの大歩危、小歩危は「こんな深い渓谷に、先人はよくこんなところに鉄道を敷設したな」と思えるほどの難所だ。
そうした四国山地を越えなければならない香川(讃岐)と高知(土佐)は、同じ四国とはいえ文化的にはかなりの開きがある。おいしいうどん屋はないわけではないが、高知は香川のようなうどん文化圏ではない。
同じ麺類では、ラーメンにも恵まれていないのではないか。こう書くと、例えば須崎の鍋焼きラーメンを愛する人たちからはクレームがきそうだが、他地域と比べると鍋焼きラーメンのようなご当地ラーメンも、おいしいラーメン屋も少ないように思う。
私の高知での前任者は引き継ぎのときはこういった。「刺身がおいしい店はたくさんあるけれど、おいしいラーメン屋はほとんどないよ」。私が3年間高知で暮らした実感も、まあそれに近いものだった。
2000年代の半ば、東京ではラーメンブームが続いており、行列ができるラーメン屋がたくさんあり(行列のできる店がうまいとは限らないが)、またさまざまな土地の「ご当地ラーメン」もブームになっているのに、高知ではそうした動きがないのはなぜだろう、と疑問に思い続けていた。
そうした疑問が氷解したのは最近、速水健朗の『ラーメンと愛国』(講談社新書)を読んだからだ。
一般にご当地ラーメンは地域の特産物や風土に時間をかけてラーメンの文化がなじむことによって生まれたように思われている。しかし筆者はそうではないと断言する。「あるとき、変わったメニューを出したラーメン屋にスポットが当たり、その店がメディアなどで知られるようになることで、観光客がやってくる。そして、地域の観光化にともない、周囲の店が右に倣えで同じメニューを提供するようになる。これがご当地ラーメンが生まれる経緯だ」(150ページ)というのだ。
筆者はいくつかの例を挙げているが、代表的なのが福島の喜多方ラーメンだ。高知など西日本の人には若干馴染みが薄いかも知れないが、関東には「平打ちの縮れた太麺」という喜多方ラーメンの店が数多くあり、ご当地ラーメンの成功例として知られている。
だがこのラーメンはもともと、喜多方の「まこと食堂」という店が提供していたメニューに過ぎない。1982年、この店がテレビ番組で紹介されたことが、喜多方ラーメンが知られるようになるきっかけだったという。
さらに喜多方の観光協会は旅行雑誌「るるぶ」を通して喜多方ラーメンの宣伝を始め、80年代半ばには喜多方は蔵の街である以上に「ラーメンの街」として知られるようになる。さらに87年には関係者が集まり「蔵のまち喜多方 老麺会」を設立。「平打ちの縮れた太麺」など、喜多方ラーメンの特徴の徹底化を組織的に取り組むようになったという。
喜多方のエピソードが物語るのは、ご当地ラーメンが誕生する土地は「観光地として売り出したいが売り物が少ない」所だという点だ。だからこそ「ご当地ラーメン」を新たに創り出さなければならない。
高知にご当地ラーメンが少ない理由。それは、高知ではご当地ラーメンをわざわざ創らなくても、既に「売り物」が数多くあるからなのだ。そうだとすれば、高知にご当地ラーメンが少ないことを、喜ばなければならないのかも知れない。