「志ら菊」から「土佐しらぎく」へ。ブランド強化に大きく貢献
有限会社 仙頭酒造場
仙頭 美紀さん
安芸郡芸西村で明治36年から続く酒蔵、仙頭酒造場。「土佐しらぎく」で知られ、柔らかくやさしい口当たりと切れのある後口で、県内外に多くのファンを持つ。かつて「志ら菊」(一部は継続)と表記していたこの銘柄は、4代目仙頭雅男社長の娘である美紀さんの発案によって「土佐しらぎく」へと生まれ変わった。
全国の多くの酒販店からも「ここ数年で力を上げてきた酒」と高く評価される背景には、蔵の長女として生まれ、日本酒をこよなく愛する仙頭美紀さんの存在がある。
営業部長であり、宣伝部長である。そして冬には蔵人になる。
関西外国語大学ではスペイン語を専攻。「いずれ手伝うことはあるかもしれない」とは思いながらも実家に戻ることは頭になく、酒蔵に生まれながら、日本酒にあまり興味を持っていなかった。
就職したのは、東京で全国の地酒を取り扱う長谷川酒店。現在では、都内に4店舗を持つ有名酒販店だ。ここでの2年間が、美紀さんの意識を大きく変えた。
「それまで日本酒を飲む機会があまりなく、熱燗で悪酔いするという印象」だった美紀さん。良い日本酒とそのおいしさについて、蔵の外に出ることで初めて知ることとなった。そして、ワインや焼酎など様々なアルコールにも触れ、改めて日本酒の素晴らしさも実感した。
志ら菊についても「実家の水を使っているだけに、肌に合う。純粋においしいと感じた」。
長谷川酒店では、2年間で仕入れまで任される存在となっていた。短くも濃密で、学ぶことは山ほどあった2年間。おりしも日本酒ブームが下火となり、やがて来る焼酎ブームの兆しが見えていた頃。長女だから跡を継がなければならないという感覚はなかったが、早く帰るべきだという、はやる気持ちがあった。
「私が日本酒を好きになったのは、実家が酒蔵であったことと、酒販店で働く機会を得られたから。そうでなければ、日本酒を好きになることはなかったかもしれない。そんな人が世の中にはたくさん存在している。もっと日本酒の良さを知ってもらいたい」(美紀さん)。
東京から芸西村へと帰り、酒造りの日々が始まった。
美紀さんには、やってみたいことがあった。
まず着手したのがラベルデザインの一新。長谷川酒店時代、長谷川社長からもらった「わかりやすいひらがなの方がいいのでは」というアドバイスが頭にあった。
「ラベルは見ただけで酒質をイメージできるもの」であるべきだと、漢字交じりの「志ら菊」から「土佐しらぎく」へと変更した。同社の造る「後口のきれの良さを大事にしながらも、いっしょにいただく食事をやさしく包んでくれるような味わい深さ」を見事に伝えるデザインとなった。
また、それまで普通酒をメーンしていた酒造りを、吟醸酒や特定名称酒のような個性的な酒造りへとシフト。吟醸酒づくりに力を入れていきたいと考えていた社長の思いとも重なった。
美紀さんの夫で杜氏の仙頭竜太さんは、同社の仕込み水を「やさしい水」だと表現する。
かつて一人何役もの仕事をこなしていた美紀さんは昨年結婚。二人三脚のスタートを切った。今は力を合わせ、この「やさしい水」に合わせたやさしい酒造り、そして季節を感じてもらえる酒づくりを目指している。この秋発売した吟醸「秋あがり」、純米吟醸「ひやおろし」も、上々の仕上がりだ。
東京での経験が小売店の目線での酒造り、商品提案力を生み、女性ならではの消費者の目線と柔軟な発想がブランドイメージの醸成に大きく貢献しているようだ。事実、「土佐しらぎく」の人気は日本酒世代ではない若年層へと広がりを見せ、全国の酒販店の評価も年々高まってきた。
美紀さんは、脈々と伝統を受け継いできた酒蔵にとって、新しい風を送り込む大きな存在となっている。
有限会社 仙頭酒造場
安芸郡芸西村和食甲1551
TEL0887-33-2611 FAX0887-33-2612